慣れは大切か? 3
27日の続き・・・
では、それぞれの場合で何が違うのか?
まず、アベレージの違いによるもの。
人それぞれ、「普通に走るペース」ってのがあると思います。27日の記事でアベレージより速いか遅いかと言っている事を、単純に
普段走るペースより速いか遅いかと言い換えて考えてみましょう。
そう言い換えれば何となくイメージが伝わるのではないでしょうか? それは誰もが実際に体験している事だと思うので、そんな事か!と思われてしまうのでしょうか? でもまぁ、そんな事なのです。
例えば、朝の渋滞の中を5キロ前後の速度で走っている時、朝食にオニギリ食べようと思ってそれを実行しようとする人は結構多いのではないでしょうか。逆にその道を150キロで走っていたらどうでしょう? オニギリを食べようと言う気になる人はかなり減る事だと思います。
このように、多くの人はスピードの増減(同じ道で)によって、余裕が増減する事を感じている事と思います。では余裕ってなんでしょう?
一般道には脇道があり、交差点があり、対向車等があります。時には脇道から人、自転車、車が飛び出して来るかもしれません。とにかくそこには
確実に○○である、と事前に予測出来ない要素が無数にあります。運転するなかでそれらの確認作業・動作は、言い換えれば安全の確認・確保をする作業であると思います。
速度が上がる事でスピードそのものに対する恐怖感が増加するだけで無く、公道においてはそう言った安全確保の為の行為が速度に追いつかなくなる事も、安全を確認出来ていない空間に身を置いているという不安感を発生させるのではないか? と最近そのように考えています。
同時にその速度で走る事自体は可能であっても、そこで予測外の事が起こった時に対処できるか?と言った問題もあるでしょう。速度が上がるほど、対処できる自信は少なくなって行くのでは無いでしょうか?
このように見るてみると(これら意外にもあるでしょが)、身体的な事はもちろん、事実の確認、起こるかも知れ無い事の予測(場合によっては、その対処)等々、やるべき事が多くあります。当然速度が上がればこれらの事はより速く、またそれぞれの間隔が狭まったり、同時にこなす必要が出たりと「空き時間」はどんどん減ってしまいます。当然オニギリなど食っている余裕、時間は失われる訳です。
長くなってきたので、今日はこの辺で。
[コメント]
投稿者:nobu 2005/7/6 1:15どもです(^^;
私自身最近感じる事と言うか、最近公道を走る事に対して大きな恐怖心を抱くようになったものですから、それを乗り越える意味でも、考え無いといけない時期かな? と思って書いています。
不謹慎なのかもしれませんが、公道を楽しく走れなくなっては楽しくないですから・・・
投稿者:黒猫 2005/7/5 21:36続編執筆お疲れ様でした。
自分の「普通」って、違う角度から見るのは難しいから、
考えさせられました。
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